第2回日本語音声教育方法研究会(2000/9/27 国立国語研究所)

海外のノンネイティブ教師から見た日本語音声教育
− 語アクセントの教育を中心に −

磯村 一弘(国際交流基金日本語国際センター)

日本語教育:海外で、ノンネイティブ教師が教える教育が中心(多数派)

「日本語音声教育の方法」を考える 
 → 海外の、ノンネイティブ教師による音声教育を想定し、
   
世界規模での改善の可能性を考えていく必要

今回とりあげるテーマ:日本語の語アクセントの教育
理由:日本においても、海外のアクセント教育の問題に気付く機会が多い

 日本語のアクセント(前提として)
  ・意味を区別する/決まっている/位置を予測できない(語ごとに覚える必要)
  ・韻律全体にかかわる(アクセントがわからなければ、イントネーションも正しく実現できない)

 しかし(事例: 例えば日本に留学した上級の学習者などが)、
  ・日本語のアクセントの存在を知らない、単語ごとの区別を知らない
  ・語アクセント以外は発音にほとんど問題がないが、語アクセントはなかなか直せない
  ・アクセントを気にしないまますでに多くの単語を覚えており、アクセントに関して「あきらめムード」
 などなど


そこで、

◎海外で日本語のアクセントがどのように(どのぐらい)教えられているか
◎海外で教えているノンネイティブ教師は、日本語アクセントの教育についてどのように考えているか

について、アンケートを(試しに)とってみた

今回のアンケートの対象:以下の二研修の研修生
韓国研修:韓国の高校で教える教師38名
多国籍夏短期研修:海外の高校・大学などで教える教師16名、国の構成は↓
 マレーシア3、インドネシア2、ネパール2、タイ2、インド、ブラジル、イギリス、フランス、ルーマニア、ロシア、キルギス

 #もちろん、今後より多くの人・国を対象に、データを増やしていく予定であるが、今回はとりあえずこの結果について報告....

◎自国で(日本に来る前)日本語のアクセントについてどのぐらい知っていたか

・アクセントの存在は全員知っていた
・日本語アクセントの特徴、役割などについて知っている者はけっこういる
・語ごとのアクセントの違いなど具体的な話になると、知らない者が多くなる
 →抽象的な知識はある程度持っているが、実際に発音するための
具体的な知識には欠ける
  #教師なので、一般的な学習者よりは知識が多いか?

◎自国で使っている教科書や辞書に、アクセントの記号が書いてあったか

長期(多国籍)97-98

 過去に同じアンケートをとったの で、結果を参考として載せる

 ・海外で使われている教科書や辞書に、アクセントの記号が書いてある例は少ない

→実際、この問題は研修生(海外のノンネイティブ教師)からよく指摘される
 曰く:
 ・英語や中国語は書いてあるから覚えるが、日本語には書いていない
 ・アクセントを覚えようと思ってもできない
 ・アクセントのことを気にしなくなってしまう
 ・知らないまま学習が進んでしまう

◎日本語のアクセントを学生・生徒に教えているか

  ・「教えていない」という場合のほうが多い

◎教えていない人は、その理由は?

1.自分が正しいアクセントで発音できる自信がなかったから
2.日本語のアクセントについて、あまり知らなかったから
3.教科書に書いていないから
4.試験に出ないから
5.日本語のアクセントはあまり大切ではないから
6.アクセントを練習させる時間がないから
7.アクセントを教えても、学生はできないから
8.アクセントを教えるのは、日本人教師の仕事だから
9.アクセントの練習は、学生が嫌がるから
「○それが大きな理由 △そのことも関係がある ×それは理由ではない」 で記号をつけさせ、○2点、△1点、×0点として集計

・教師自身の苦手意識、知識不足から、教えていない、という答えが多い
・教科書に書いていないこと/試験に出ないことも大きな理由
・積極的理由から教えていない、という解答は少ない
 →つまり、
教えたくても教えられないという状況が多い

◎アクセント教育に関するビリーフ

韓国 多国籍
A できれば正しいアクセントで話したい 1.73 1.81
アクセントは大切だと思う 1.25 1.63
外国人も、できるだけ正しいアクセントで話した方がいい 1.57 1.31
日本語の教師はできるだけ正しいアクセントで話せた方がいい 1.70 1.47
自分は、できれば学生にアクセントを教えたいと思う 0.95 1.13
B 自分のアクセントに自身がない 1.03 1.19
正しいアクセントで発音することは難しい 1.49 1.44
アクセントの違いを聞き取ることは難しい 0.84 0.88
外国人にとって日本語のアクセントを身につけるのは不可能だ -0.38 -0.75
C アクセントが正しくできないと、コミュニケーションの時に困ると思う -0.25 0.63
コミュニケーションができれば正しいアクセントで話す必要はない -0.62 -1.00
日本人が気にしなければ、正しいアクセントで話す必要はない -0.73 -0.73
アクセントの違いによる発音の違いは少しだけなので、あまり気にしなくてもいい -0.46 -0.44
日本語のアクセントは地方によって違うので覚えなくても良い -0.78 -0.63
D 教師は、学生にアクセントを教えるべきだ 0.92 1.19
日本語の辞書には、アクセントの記号を書くべきだ 1.25 0.88
教科書にはアクセントの記号を書くべきだ 0.81 0.75
アクセントは、最初から教えるべきだ 1.00 1.38
もしもっと早くからアクセントを習っていれば、今より上手に発音できた 1.22 0.94
アクセントを勉強する時間があったら他のことを勉強したい -0.27 -0.50
アクセントは、暇な人だけが勉強すればいい -1.30 -1.31
上級の学生は、アクセントも勉強するべきだ 1.24 1.19
アクセントを勉強するかどうかは、学生が自分で決めればいい -0.84 -0.94
教科書とテープだけでは、アクセントは勉強できない 0.73 0.38
アクセントを教えるのは、日本人の仕事だ -0.54 -0.19
E 外国人は、東京のアクセントだけ勉強すればいい 0.68 0.31
もしアクセントを勉強するなら、東京のアクセントを勉強したい 1.59 1.00
もし日本に住むとしたら、その土地のアクセントを勉強したい 0.49 0.94

強くそう思う:2点 少しそう思う:1点 どちらとも言えない:0点 あまりそう思わない:-1点 ぜんぜんそう思わない:-2点として集計した平均点

A:理想、希望
 ・アクセントを身につけること、教えることへの
高いモチベーション

 しかし、

B:困難さ
 ・多くの者が「
アクセントは難しい」と思っている
 ・しかし、身につけることは不可能ではない、と信じている

C:アクセントの学習は不必要?
 ・「アクセントは覚えなくていい/気にしなくていい」という意見には、
賛成していない

D:アクセントの教育法に関する意見
 ・教科書や辞書にアクセントの
記号を書くべき/アクセントは早い段階から教えるべき
 →賛成意見が多い→
自分が教えてもらえなかった恨みは大きい(?)
 ・アクセントの練習には、ある程度時間を使ってもいい

E:アクセントの方言差について
 ・
東京のアクセントへの指向が強い 

以上から:海外におけるアクセント教育の現状と問題点

・日本語のアクセントは、海外ではあまり教えられていない

 アクセントの存在や、その役割などの知識は紹介されるが、実際に正しいアクセントを実現するための具体的な情報は特に不十分

・海外で使われている教科書や辞書に、アクセントがあまり書いていない

 アクセントが意識されにくい/学びにくい・教えにくい/動機付けがされにくい
 →アクセントを意識しないまま学習が進む→どんどん
修復困難

・教師は教える意欲はあるが、教える自身がない

 アクセントを教えたい/教えるべきと思っている、自分もアクセントを練習したい
 しかし、
教えてもらえなかったから、わからない/難しい
 すでに多くの単語を覚えた:いまさらアクセントを覚え直すのは困難
 教師がわからない→教えない→学生も知らない→教師になったとき、わからない
 →結局いつまでも教えられないまま
悪循環

世界のアクセント教育を改善する可能性(提案):「悪循環」を断ち切るために

・学習の最も初期の段階から、アクセントを導入する
・教科書の全ての新出単語には、アクセントの記号をつける

→アクセントの違いを早いうちから意識化させる
 レキシカルなアクセントと、実現した韻律との
関係を意識しながら、長い日本語学習の過程で少しずつ身につけていけるように
 「教えてくれなかったからわからない」「勉強したくてもできなかった」という状況をなくす
 (押しつけるのではなく)やる気があるなら
いつでも学習ができるような環境を整える

・教師の側から、アクセント学習の機会/意欲を奪わない

→モチベーションがあるにもかかわらず、勝手な線引きをされる不幸
 例えば文法だったら少ないはず
 ex.
 「昨日は暑いでした、でも意味は通じるから直さなくてもいい」
 「敬語は難しいから覚えなくてもいい」
 「と/ば/たら、はあまり違いはないので気にしなくていい」
 「テ形は関東と関西で違うので、正しく活用できなくてもいい」

「気にしなくてもいい」「今は覚えなくてもいい」→結局後から学習者が困ることになる
学習者に
選択肢を与える必要

・すでにアクセントを気にしないまま多くの語彙を身につけた人が、できるだけ楽にアクセントを身につけ直せるような教材の開発

→ex.
 アクセント型ごとの語彙リスト?
 日本語教育の立場から書かれたアクセント教材
 教科書ごとの音声教材(単語のアクセント、テープにあわせた本文の韻律表示) ?

・海外における日本語音声教育の現状の、さらなる調査

→教授法、教材、ビリーフなどを、より詳しく
 国や地域ごとの特徴?
 教師ではない一般の学習者の意識
 海外の日本人教師の意識
 アクセントだけでなく、他の項目も
 (拍、リズム、イントネーション、撥音、母音の無声化、鼻濁音 などなど)