1996年度日本音声学会全国大会(1996.9.29,東京都立大)

 

アクセント型の知識と聞き取り
−北京語を母語とする日本語教師における東京語アクセントの場合−

磯村 一弘(国際交流基金日本語国際センター)
1.はじめに
 
 日本語のアクセントは基本周波数の高低で実現され、イントネーションなど他の韻律特徴にも密接にかかわっている。ゆえに、学習者が日本語の音声を正確に身につけようとする場合には、これを習得することが望まれる。
 磯村(1996b)では、学習者が日本語アクセントを正しく発音するためには、単語ごとのアクセント型の違いを認識し、区別して発音するよう意識化することが有効であることを指摘した。このとき学習者が単語のアクセント型を意識化する過程について考えると、アクセント辞典などの記述を見て記憶する以外に、母語話者の発音する音声を聞いてアクセント型を判断し、この記憶に基づいて自分で発音するというケースが考えられる。こうした場合、学習者が日本語のアクセントの型の違いをどれだけ聞き分けられるかがアクセントの習得にかかわってくるであろう。
 外国人学習者の日本語(東京方言)アクセントの聞き取りについては、近年プロジェクトとして研究が進められており、この成果のいくつかが既に発表されている(鮎澤 1996)。そこではフランス人、韓国人、アメリカ人、中国人等によるアクセントの聞き取りの傾向が調査され、母語や学習段階によってアクセント型ごとに異なる傾向を示すことなどが報告されている(文献リスト参照)。しかし、このような聞き取りの傾向と、学習者のアクセント型の知識がどのようにかかわっているかという点は、李(1995)、李他(1995)において韓国人学習者のデータが若干ふれられているだけで、これ以外にはほとんど報告がなされていない。だが学習者が前述のような過程でアクセントを習得していく可能性を考慮するなら、学習者がアクセント型をどのように聞き取っているかということと、学習者がアクセント型をどのように記憶しているかということとの関係について、これを明らかにしていくことが、効果的な発音指導を行う上でも必要であると思われる。
 本稿では、磯村(1996a, 1996c)において集計したデータの中から、特に北京語を母語とする学習者について注目し、アクセント型の知識と聞き取りがどのような関係にあるかという点について論じていく。
 
2.方法
 
 初めに、単語リストについて音を聞かず内省でアクセント型を答えさせるテストを行った。その後、テープの音を聞いてアクセント型を判断する聞き取りテストを実施した。これらの結果について、回答の正誤のパターンをアクセント型ごとに比較した。
 被験者は、中国の大学等で日本語を教える中国人日本語教師で、国際交流基金日本語国際センターの実施する教師研修のため来日中であった。これらの話者は、調査前に既に日本語のアクセントについての知識を持っていた。調査実施時の被験者総数は38名であったが、今回はその中から北京語を母語とする話者19人のデータを抽出した。
 聞き取りテストの刺激には、「東京語アクセント聞き取りテスト」を使用した。これは、Nishinuma(1994)をもとに作成されたアクセント聴取実験用テープで、外国人学習者の日本語アクセント聞き取りに関する多くの先行研究に共通して用いられている。テスト全体は「テスト1〜3」という3種類からなり、提示される語の置かれる環境が異なるが、本稿で論じるのはこの中の「テスト3」である。これは、3拍から5拍の語が「私は〜と言った」という文の中で提示され、その語の「ピッチの下がり目」に「┐」を記入させるというものである。
 内省でのアクセント型の知識を調査するのに用いたのは、この「東京語アクセント聞き取りテスト」に付随する「意識調査」であった。これは、「聞き取りテスト」の「テスト3」にいくつかのダミーの単語を加えたリストで、内省によってその語のアクセントの位置を記入させるというものである。
 なお、アクセントの下がり目がないと判断した場合には、「聞き取りテスト」では「なし」を選択し、「意識調査」では回答欄の括弧に×を記入する、という方式であった。
 はじめに「意識調査」を実施した後「聞き取りテスト」の「テスト1〜3」をこの順に実施した。ただし今回は「意識調査」と「テスト3」の結果のみを比較し、「テスト1、2」の結果には触れないので、今後本稿で「聞き取りテスト」と言うときは「テスト3」のことを指すことにする。
 
3.結果と考察
 
 聞き取りテスト、および意識調査の結果を、「回答集計結果」として表に示す(図1)。最上段の「全体」の表は3〜5拍の全ての語をあわせてアクセント型ごとに集計したものであるが、これを拍数ごとに分けて集計したものがその下の表である。表中、縦の「ア型 1, 2, 3, 4, 0」は提示した語のアクセント型を示し、横の「回答 →1,→2,→3,→4,→0」はその単語を被験者がどのアクセント型として答えたかを示している(「意識調査」の「→?」は無回答を表す。「聞き取りテスト」では必ずどれかを選択させたため、無回答はない)。従って、「ア型」と「回答」の一致する、網掛けのマスが正答である。表中の数字は回答数である。なお「東京語アクセント聞き取りテスト」では尾高型と平板型を区別していないため、ここでも両者を区別せず共に0型として扱っている。

 
 はじめに、「聞き取りテスト」の結果について、先行研究の結果と比較しながら見ていくことにする。
 まず、拍数ごとの正答率であるが、3拍語から5拍語へと拍数が増えるに従って、正答率が下がってきている。先行研究においても、これは学習者の母語を問わず共通して見られる傾向である。
 アクセント型ごとに回答の傾向を見ていくと、頭高型(1型)の正答率がもっとも高く、次に平板型(0型)が続いている。これらのアクセント型は、北京語話者にとって比較的聞き取りやすいものであると言える。
 逆に、中高型の正答率は低くなっている。中高型の回答の傾向を見ると、これを頭高型や平板型と誤って答えるものより、同じ中高型の他のアクセント型と聞き誤る場合が多い。特にこれを、4拍語における3型、5拍語における4型といった-2型として答えてしまう回答が目立つ。このため、同じ中高型でも-2型は比較的正答率が高くなっている。
 北京語話者において、平板型と-2型は比較的聞き取れるが他の中高型は聞き取れない、という結果は、鮎澤(1995a)や西沼他(1995)などの結果と一致している。西沼他(1995)では、北京語話者はピッチ下降の有無には敏感であるがその位置を聞き取ることには不慣れであると指摘している。
 しかし、これらの先行研究においては頭高型の正答率は悪く、今回の結果とは異なっている。だが、西郡他(1996)は、頭高型はアクセントの訓練を受けていない北京語話者のグループでは正答率が低いが、訓練を受けたグループでは正答率が高くなっていることを報告している。鮎澤他(1996)においても、成績上位群の回答においては下位群と比べて頭高型の正答率が高くなっていることを述べている。これまでの他の北京語話者のグループに比べると今回の被験者の聞き取りの成績がかなり良いことを考えても、このグループは既に上級段階にあり、頭高型のパターンを習得していると考えられる。
 
 「意識調査」の結果をこの聞き取りの結果と比較してみると、全体的に正答率は低くなっているものの、その回答の傾向にはかなりの共通点があると言える。
 アクセント型ごとに正答率を見てみると、頭高型及び平板型の正答率が高く、中高型で低くなっている。また中高型の中での混同が見られ、特にこれらを-2型とする回答が多くなっているのも同様である。特に、5拍語の中高型において、これを全て4型と答えてしまうという回答のパターンが多く見られる。
 ただし「意識調査」では、0型とする回答が「聞き取りテスト」と比べて全体的に多くなっている。この原因としては、被験者がその単語を積極的に0型として記憶していたというよりも、日本語の無標のアクセント型を0型と考えている場合、アクセント型を知らない単語について全て0型として答えてしまうということが考えられる。
 この点を除けば、被験者がアクセント型をどのように覚えているかは、そのアクセント型をどのように聞き取っているかということに大きく関わっていると言えるだろう。
 
 「聞き取りテスト」の正答数と「意識調査」の正答数との間には、正の相関が見られた(図2)。従って、聞き取りの成績が良いほどアクセント型を正しく覚えているという傾向があると言える。

 
 「聞き取りテスト」と「意識調査」の単語は共通であったので、語ごとにその正誤を対応させて比較することができる。これをアクセント型ごとに集計した表、及びそれをグラフで表したものを示す(図3)。この図では、○は正答、×は誤答であることを示している。数字は回答数である。

 ここから言えることは、まず、「意識調査」で正解だった語は、聞き取りでもほぼ正解しているということである。これは、アクセント型にかかわらず共通して見られる傾向である。アクセント型を正しく覚えている語は、聞き取りにおいてもアクセント型を正しく指摘できる場合が多いと言える。
 「意識調査」で不正解だった語、すなわちアクセント型を正しく覚えていなかった語の場合、その聞き取りはアクセント型によって異なっている。
 頭高型や平板型の場合、「意識調査」で不正解であっても聞き取りで正解となる割合が多くなっている。これらの場合、たとえアクセント型を記憶していなかったとしても、実際に音を聞けば判断できると言える。
 これに対し、中高型では、「意識調査」「聞き取り」ともに不正解である率が高く、アクセント型を正しく覚えていない上に、音を聞いても正しく答えられない場合が非常に多いということがわかる。
 頭高型および平板型の語の場合、その語のアクセント型を内省で指摘できないのは単にこれを記憶していなかっただけで聞けばかなり判断が可能であるが、中高型の語の場合、そのアクセント型がわからないのはその型の聞き取りが困難であるということに大きく関わっているものと考えられる。
 
 今回の実験において、逆に誤ったアクセント型の知識が聞き取りの方に影響しているのではないかと思われるケースがあった。ある語を違ったアクセント型として記憶していた場合、聞くときにもそのように聞いてしまうという場合である。
 5拍語3型の「あたままで」という語の聞き取りにおいて、これを3型と答えた数が2に対して4型という回答が11であった。同じ型の「あしたから」の場合は、3型が9で4型が4であった。この場合、「〜まで」のアクセント型の知識が「あたままで」の回答に影響している可能性が考えられる。特に「東京語アクセント聞き取りテスト」では、拍数の多い語に対して一語ではなく助詞などを伴った句が刺激として用いられていたが、学習者は語におけるアクセント型は記憶していても、句におけるアクセントの変化までは学習しておらず、語のアクセント型を句にも当てはめて考えてしまっていることが想定される。このため、こうした正確でない知識がかえって正確な聞き取りの妨げになっているものと思われる。平田(1996)でも、この「テスト」の句の回答が難しいことが指摘されており、語と句の場合で聞き取りにどう差が生じるかなどは、今後の課題であろう。
 
4.まとめ
 
 北京語を母語とする日本語学習者のアクセントの知識は、聞き取り能力と関係していた。聞き取りにくいアクセント型ほど覚えていないことが多く、その記憶の誤りのパターンも聞き取りと同様の傾向を示した。
 特に、頭高型と平板型は語のアクセント型を記憶していなくても聞き取れるが、中高型の場合は正確に核の位置を聞き取るのは極めて困難であり、これがこの型の習得率にも関わっていると考えられる。
 従って、北京語を母語とする日本語学習者においては、特に中高型の場合、アクセントを聞いて自然に覚えるのを期待するだけでは限界があると言えよう。
 また正確でない知識がかえって正確な聞き取りの妨げになっている可能性も示唆された。アクセント型の知識を正確に身につけようとするなら、句における変化なども含め、意識して正確に記憶していく必要があるだろう。

 
 
 この研究は、平成8年度科学研究費補助金(創成的基礎研究費)「国際社会における日本語についての総合的研究」(略称:新プロ「日本語」、研究代表者:水谷修、課題番号08NP0701)の補助を得て行われた。

文献

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鮎澤孝子(1996)「音声言語の韻律特徴に関する実験的研究(ESOP)−平成7年度経過報告−」『新プロ「日本語」第3回研究報告会予稿集』47-50

鮎澤孝子、西沼行博、李明姫、荒井雅子、小高京子、法規則子(1995)「東京語アクセント聴取実験の結果の分析−10言語グループの結果」『新プロ「日本語」第2回研究報告会予稿集』25-32

鮎澤孝子、西沼行博、楊立明、小高京子(1996)「北京語母語話者は東京語アクセントをどう聞くか」『平成8年度日本語教育学会秋季大会予稿集』in print

平田悦朗、鮎澤孝子、西沼行博、中川千恵子、小高京子(1996)「東京語アクセント習得の縦断的研究−在日1年の観察結果報告−」『平成8年度日本語教育学会春季大会予稿集』85-90

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磯村一弘(1996c)「中国人上級学習者における日本語アクセントの聞き取り」第15回東京音声言語研究会 研究発表資料

李明姫(1995)「韓国語学習者の東京語アクセントの知覚−ソウル地方の場合(1)−」『平成7年度日本語教育学会秋季大会予稿集』159-164

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西郡仁朗、八山京子(1996)「北京語母語話者による東京語アクセントの聞き取りの習得」新プロ「日本語」ESOPチーム 平成7年度第2回研究会資料

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西沼行博、鮎澤孝子、李明姫(1995)「外国人日本語学習者による東京語アクセントの聴き取り−フランス人、中国人、韓国人データの考察−」『日語日文學研究』第27輯、韓國日語日文學會、229-239

西沼行博、鮎澤孝子、阿南婦美代(1996)「フランス人日本語学習者は東京語アクセントをどのように聞くか」『論叢』第46号別冊、長崎外国語短期大学、103-111